2024/08/15 戦争を選択肢にしない

小林エリカ『女の子たち風船爆弾をつくる』野田地図『正三角関係』雑感
石山蓮華 2024.08.16
誰でも

毎日をあくせく過ごしていると一年も一年半もあっという間だ。溶けるように時間を過ごし、電線を愛でるときにだけ覚醒していた集中力、やる気が電線以外にも向いているのは私にとって得難い。

筋トレを始めたら反り腰がマシになり、まっすぐ立てるようになった。地面にドシッと立てるようになるだけでちょっといい気分。

8月15日、日本での戦争が終わって79年経った。戦争を経験した人にとって経験をする前に戻ることはないし、終わりはないのだと『女の子たち風船爆弾をつくる』を読んで思う。92年生まれの私は戦争を知らない世代にあたるが、海外では戦争や紛争がまさに今日も起きていて、私のタイムラインには戦争によって痛めつけられた人の記事が流れ、その姿を目にしている。

戦争を知るとはどういうことだろうと思いながら、この日読んだ本、観た演劇から考えた。

『女の子たち風船爆弾をつくる』小林エリカ

79年前の戦争やそこに至る日々、そしてそれからの月日が「わたしたち」によって語られる。誰かひとりの身に起こったことでなく、たしかにいた東京の女学生の暮らしがどう変化し、勉強の機会もなにもかもを奪われ、兵器を作らされるに至るかを膨大な資料から描き出した作品。

銀座や日比谷、神田、板橋など東京の各地がほんの79年前まで焼き尽くされた街だったこと、私たちが暮らしているこの東京は戦跡地だと思い知らされる。

8月15日に銀座へ行った。海外からの観光客が沢山いて、高級店の前には長い列ができていた。黒いワンピースを着たショートカットのきれいな女性が、サングラスをかけて銀座松屋デパートから日向の通りに出て行った。ここも戦後は進駐軍の接収によって「TOKYO PX」となり、少女たちが入れない場所になっていた。

鳩居堂が空襲に遭ったとき、沈香や白檀なども一気に燃えて、あたりにお香の香りがしたと書かれていた。東京で一番地価が高いらしいと言われる鳩居堂のビルはもうずっとここにある佇まいだけれど、東京の街で80年以上長く残っている場所って実はそう無いんだと思い知らされる。

占領地で行われた宝塚の慰問公演、舞台の上で「笑うな」と銃剣を突きつけられる劇団員。夢を膨らませるために建てられたはずの劇場で、少女の手によって作られる風船爆弾。詩的な文体によって、沢山の少女たちの面影が、口にできなかった言葉が浮かび上がる。

ただ、その中でも懸命に生きた少女たち、戦争に翻弄される宝塚歌劇団の少女たちのきらめきを両手で包むように書かれていて、素晴らしかった。

野田地図『正三角関係』

終演後「今日観るのは重かったね」と言っているお客さんがいて、たしかになあという思いとともに、私は今日観られてよかったかなと思った。以下ネタバレを含みます。

***

長崎への原爆投下の話と「カラマーゾフの兄弟」の翻案。王道の野田地図劇でした。反戦と言葉遊びと身体性、そしてユーモア。渦のように押し寄せるドラマを力強く、美しく、マジカルに表現するアンサンブルキャストもメインキャストの俳優さんも、この役はこの人しかいないと感じる瞬間が山ほどあって最高。野田さんが演劇を作り続けてくれる限りずっと観たい。

大好きな池谷のぶえさんはロシア領事館職員の妻、ウワサスキー夫人を演じる。出てくるだけで舞台の上も客席も池谷さんの一挙手一投足に夢中になり、ドラマがぐんぐんと進む。真っ白なペルシャ猫とのちょっとした掛け合い「ニャッ」さえすごく面白い。観客として、この方が舞台俳優になってくれて良かったなあと観るたびに思う。

長澤まさみさんが蠱惑的な女、グルーシェニカを演じるときの誰だって抗えない奔放な振る舞いと美しいおみ足にうっとり、がっちり心を掴まれてちょっと不安にもなれて、悪い女って最高。純粋な少年アリヨシとのギャップや早着替えも楽しかった。

こんなに切なく苦しい物語を背負いながら、思い浮かべるシーンはどこも生き生きしていて、いい舞台を観るのって楽しい。「殺意のない手は裁かれない」というような台詞があった。多重に響くテキストこそ、文学の喜びそのものだなあと思いながら山手線にのってぼやーっとする。こういうことを言葉にまとめるにはすこし時間がかかる。人と感想を話し合いたい。ラジオでも、もっと演劇の紹介をスピーディかつ的確にできたらいいなあ。

『少女たち風船爆弾を作る』を読んでいたので時系列が掴みやすく、歴史を知るとこんなにスムーズに理解できるのか、と目がひらく思い。頭の中が風船のような私でさえ分かるように作られているんだけど、私は正直いろいろな常識が欠落していて、それがものを観るとか読むとか話すとかの壁になっている。同世代の劇作家が戦争を描くとしたら、どんな劇になるんだろう。

私は勉強が苦手だ。ただ、小説や演劇というお話を通してなら知るべきことにアクセスできるんだとあらためて思う。エンタメは私のような人のためにあったんだと何度も思う日々。あと、私は作品紹介をするならしゃべる前に台本をちゃんと作った方がいい気がする。何でもやればできると思って、できる範囲を手や背中でぐいぐいと押し広げなくちゃ。本を読もう(573209回目の決心)(決心って本当に意味あるか?)

と思いつつ今日はラグタグのお気に入り欄で理想のワードローブを作ったり、大雨のなか耳鼻科で薬をもらったり、書評のために本を読んだり、読書会で出た質問をまとめて、赤入れしてもらうなどした。雑でも頑張ってるね〜

19時に限界が来て寝落ちするも復活。また寝る。

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